大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 昭和51年(ラ)68号 決定 1977年3月29日

抗告人(被審人) 株式会社 仔馬タクシー

〔原審〕 松山地方昭和五一年(ホ)第八八号(昭和五一年一二月三日決定)

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告人は、「原決定を取消す。手続費用は国の負担とする。」との裁判を求め、その理由は別紙に記載のとおりである。

抗告理由一、二、五点について。

およそ労働組合法二七条八項による裁判所の決定(緊急命令)は、告知によつて直ちに効力が生じ、同条項による取消、変更のない限り使用者は右命令に従う義務があり、これに違反するときは同法三二条の過料の制裁を免れないものである。従つて、救済命令ないし緊急命令が違法であるとの主張は右過料決定に対する不服の理由とならないことは明らかであつて、抗告理由一、二、五点は、それ自体失当というべきである。

抗告理由三点について。

本件記録によるも、抗告人が本件緊急命令を履行することによつて直ちに倒産するとは認め難いところであつて、抗告人に右緊急命令履行の期待可能性がないとはいえないから、抗告理由三も失当である。

抗告理由四点について。

その主張自体に徴し、抗告人において本件緊急命令に定められた義務を履行していないことは明らかであつて、右主張は原決定を違法ならしめるものではない。

なお、本件記録によれば、原決定は本件緊急命令が抗告人に送達された昭和五一年九月一三日から同年一一月一一日までの右緊急命令不履行に対する過料決定であること、原決定が同年一二月八日抗告人に送達されたこと、抗告人と本件救済命令申立人全国自動車交通労働組合連合会愛媛地方本部との間において昭和五二年一月二六日及び同年二月一四日の約定で、本件救済命令取消訴訟事件(松山地方裁判所昭和五一年(行ウ)第七号事件)の判決確定に至るまでの合意として、<1>抗告人は八塚照彦、松島勝信、山本正、高岡岸昭の四名を原職復帰就労させる、<2>抗告人は右四名に対する賃金未払分を昭和五二年三月三一日限り支払う旨約し、抗告人は昭和五二年一月二六日から右四名を原職に復帰就労させていることが認められる。右認定事実によると、抗告人と前記救済命令申立人との間の右約定は、前記救済命令取消訴訟事件の判決確定に至るまでの暫定的な合意でありしかも、その内容は本件緊急命令で履行を命ぜられた義務を履行するというに過ぎないものであつて、終局的に本件不当労働行為事件を解決した合意でないことは明らかであり、更に、右合意は本件緊急命令が抗告人に送達されてから四か月余後に、原決定が抗告人に送達されてからでも約一か月半後になされているのである。そうして、緊急命令は労働者の経済的困難を除去し、引いてはその間において予想される団結権の侵害を防止することを主たる目的として発せられるものであり、緊急命令違反の過料処分は過去の緊急命令違反に対する制裁であると同時に緊急命令の将来の履行を強制的に確保するためのものであることに鑑みると、前記合意に基づき抗告人が右八塚ら四名を昭和五二年一月二六日から原職復帰就労させているからといつて、昭和五一年九月一三日から同年一一月一一日までの右緊急命令不履行に対してなした原決定が違法となるいわれはなく、また、特に情状としてその過料額の決定につきこれを酌量しなければならない理由とはなし難いところである。しかして、本件記録から窺われる諸般の事情からみると原決定の科した過料金額が不相当であるとは認められない。

以上、抗告人主張の抗告理由はいずれも理由がなく、その他記録を精査しても原決定を取消すべき違法事由は見当らない。

よつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして主文のとおり決定する。

(裁判官 秋山正雄 福家寛 磯部有宏)

(別紙) 抗告理由

一 救済命令の違法

(一) 昭和五一年六月二二日付愛媛県地方労働委員会の救済命令は、事実を誤認し、法律の解釈、適用を誤まつて、不当労働行為に該当しない事実を不当労働行為であると判断した違法のものである。

このため、抗告人は、松山地方裁判所に右取消を求めるために訴を提起し、現在同裁判所に係属中である(同裁判所昭和五一年(行ウ)第七号不当労働行為救済命令取消請求事件)。

(二) 右救済命令の事実誤認及び判断の誤まりについて、その具体的内容は次の通りである。

本件救済命令は、

1 「丸源」における西森専務の言動について、同専務が当時個人的に美容院を経営したい意向を持ち、その店舗の確保を山本正に依頼した事実をもつて単純に不当労働行為であると判断している(同命令一〇頁)。

2 本件の契機となった班替について、その根拠を奈辺に求めたのか、「疑問なしとしない」、「必ずしも適切であつたとはいえない」等何等の具体的判断を行うことなく、経営の維持のためには、班替を実施せざるを得ない抗告人会社の実情を否定する判断に帰している(同命令一二頁)。

そして、右班替を不当労働行為であるとしている。然し、班替は、会社の人事権・経営権の範囲内の事項であり、不当労働行為的要素を入れる余地が無いものである。

3 八塚照彦外三名の懲戒解雇について、同人等の業務命令違反の事実を、前示「班替が必ずしも適切であつたとは言えない以上は、業務命令違反の認定ないし判断は不当である」と述べ、この点の検討が皆無である(同命令一二頁)。

抗告人会社は、右四名の解雇については、明らかに「通告書」と題する書面(昭和五〇年一一月五日付)、「業務命令」(昭和五〇年一〇月三〇日付、同年一一月一日付、同年一一月五日付)の各書面によつて、同人等が業務命令に違反したことを理由として本件懲戒解雇したことを明らかにしている。

4 昭和五〇年一〇月二七日の業務命令について、先ず、争議行為であつたか否かの判断を、「全自交の委員長もその場にいたことであるから、組合の行為と認めることができる」など、その時の状況からみて実質的に組合の争議行為であると判断している(同命令一三―一四頁)。

併し乍ら、争議行為としての通知予告も無く、その実体からみても争議行為ではあり得ない。

抗告人会社は、昭和五〇年一〇月二六日班別編成実施を行う旨を全自交委員長に意思表示したところ、右八塚等従業員が車庫前に自家用車を並べ、営業車輛の就労の妨害に及んでいる。

これは、明らかに威力業務妨害罪に該当するところである。勤務時間中における同人等のこのような行為が正当な行為ではないことは言うまでもなく、更にまた違法性を阻却すべき事由も皆無である。

尚、同人等は同年同月二八日には無断欠勤しており、同人等を支援する全自交所属の従業員は水揚げダウンの怠業行為に及んでいる。

勿論、この点について、抗告人会社に争議行為の事前通告等何等行っておらず、違法性を阻却すべき事情も皆無である。

5 一〇月三一日の業務妨害については、右命令も、八塚、山本の行為をゆき過ぎたものと認定判断しつつ、結果においては抗告人会社就業規則第一八条を徒らに文理解釈し、同人等の解雇は酷に過ぎる嫌いがあるとしている(同命令一四頁)。

このことは、地方労働委員会に判断の権限が無いこと言うまでもない。

併し乍ら、一件記録に遂一明らかな通り、八塚、山本等の各所為は、企業経営の維持から到底容認出来るものではない。

これ等を容認することは、独り抗告人会社に限らず、同会社の如き地方の小規模のタクシー企業にとってはその存立の基礎自体の破壊を招来するものである。

(三) 本件救済命令は、労働組合法第七条の解釈適用を誤まつた違法もまた存在する。

右労働組合法第七条の不当労働行為が成立するためには、正当な組合活動を行つたことなどの「故をもつて」不利益取扱いがなされたという因果関係が立証されることが必要である。この点、判例における見解は、解雇処分の動機と正当理由のいずれが決定的であつたかを判断して当該不当労働行為の成否を決すべきであるとしている(決定的動機説、別冊ジュリストNo.45労働判例百選第三版二八四頁参照)。

従つて、先ず本件の解雇の動機が組合活動を理由としたことのこの動機を組合側において立証する必要があるのである。

そして、又、解雇とその動機との間には相当因果関係がなければならないことも言うまでもない(別冊ジュリスト労働判例百選旧版一五八頁参照)。

ところが、本件一件記録を見ても又その審理・審問の総ての過程を見ても、本件解雇が労働組合法第七条に違反する不当労働行為ないしその意思をもつて行つたものであるとの決定的動機は組合側において何等主張も立証もなされておらず、更にまた右動機と本件解雇とに相当因果関係が存在するとの立証もまた皆無である。

他面、本件は抗告人会社の各通告書に記載されている事情から、解雇したとの決定的動機が立証されているところである。

二 緊急命令の目的及び必要性について。

(一) 緊急命令の目的については、行政訴訟事件係属中における労働者の生活困窮を防止するという労働者の経済的利益の保全にある。

(二) 緊急命令の必要性も、専ら労働者の生活困窮の防止の点にあること言うまでもない(近幾大学事件、大阪地決昭和二六年一一月一七日労民集二、六、七三三参照)。

従つて、緊急命令の申立は、解雇以来生活に窮迫している事情・生活に相当逼迫した事情の存すること(朝日新聞事件、東京地決昭和二六年一〇月三〇日労行資二、一三八、伯木町役場事件、青森地決昭和二六年二月八日労民集二、一、九五参照)、或いは他に就職し相当の収入を得ている如き特段の事実を認定する資料が無く、労働者が経済的に困窮していること、それを防止する必要があることが必要である(加古川精神病院事件、神戸地決昭和三一年一〇月一一日労民集七、六、九八三参照)。

ところが、本件緊急命令申立書における申立の趣旨を見ると、不当労働行為救済命令取消請求事件の確定に至るまで、八塚等四名についての解雇をいずれも取消し、原職に復帰せしめることの命令を求めており、又、相当賃金額を支払わなければならないとの命令を求めているが、右事情よりいずれも棄却を免れないものであつたと思料する。

(三) 労働委員会による不当労働行為の救済は、不当労働行為を排除し、申立人をして、不当労働行為が無かつたと同じ事実上の状態を回復させることを目的とするものであつて、もとより、申立人に対し、不当労働行為による私法上の損害を与えることや、相手方使用者に対し懲罰を科することを目的とするものではない。

従つて、労働組合法第七条一号の不当労働行為について、労働委員会が原状回復の一手段として使用者に命ずる所謂賃金遡及支払の金額は、当該不当労働行為によつて労働者が事実上蒙つた損失の額をもつて限度とし、労働者が解雇期間内に他の職について得た収入は、私法上労働者においてこれを使用者に償還すべき義務を負つているかどうかに拘らず、それが副業的なものであつて、解雇がなくても当然取得できる等特段の事情がないかぎり、これを遡及金額より控除すべきであつて、右の控除をすることなく、遡及賃金全額の支払いを命ずべきものとすれば、救済命令は原状回復という本来の目的の範囲を逸脱し、使用者に対し懲罰を科することとなつて違法たるを免れない(最高裁判所昭和三七年九月一八日第三小法廷判決、在日米軍調達部東京支部事件)。

(四) 本件地労委の疎明を見ても、生活に困窮している事情について何等これを具体的に是認し得る資料はない。

山本正については毎月七万円の収入があり、松島勝信についても月収最低賃金を得ているという事情があり、八塚照彦についても月収八万円の収入があることを認め、更に高岡岸昭についても同様である。

然し、救済を求めるこれ等の者は、昭和五一年三月二六日より別表(一)の通り他に就職し、更に同表記載の通り最低額月収各一二万三、〇〇〇円を得ていることが認められているところである。

従つて、前示緊急命令の必要性からみて、右四名の生活の窮迫を防止しなければならない緊急性は存在しないと思料される。

(五) しかるに、本件緊急命令は、所謂バックペイを求める賃金相当額を支払わなければならない旨の命令がなされている。

然し、前示最高裁判所昭和三七年九月一八日第三小法廷判決、東京高等裁判所昭和三六年一月三〇日東京調達事件控訴審判決等から明らかな通り、使用者の責に帰すべき事由によつて解雇された労働者が解雇期間内に他に職について利益を得たときは、右の利益が副業的なものであつて、解雇がなくても当然取得し得る等の事情がないかぎり、民法第五三六条二項但書に基づき使用者に償還すべきものとするのを相当とするのである。

前示四名が、他に就職して得た賃金は当然副業的なものではあり得ない。

従つて、右控除を認めずして全額支払いを命じた本件緊急命令は違法であると言わなければならない。

三 抗告人会社の経営内容について。

八塚照彦等四名の月収平均を金一三万円とすれば、抗告人会社は、毎月五二万円を支払わざるを得ないこととなる。抗告人会社は、営業用車輛台数僅か一六台のきわめて小規模のタクシー企業であり、同会社の損益計算書、一ケ月経費明細、年間輸送実績報告書等からも明らかな通り、赤字経営の実情にある。

従つて、仮りに本件緊急命令の通りに従わなければならないものとすれば、抗告人会社は直ちに倒産せざるを得ないこと火を見るよりも明らかである。

このことは、独り抗告人会社という一企業の倒産に止まらず、現在の従業員家族全員が直ちに路頭に迷うことともなる。

更にまた、タクシー企業という性格から帯有する社会公共性からも、現在抗告人会社のタクシーを、急病人の発生など火急の場合、その他一般の日常生活において唯一の頼みの綱としている松山市城南地区(主として枝松、久米、石井地区)在住の市民に及ぼす影響は図り知れないものとなる。

四 抗告人会社は、昭和五一年一二月一〇日本件の緊急命令が発せられた日(昭和五一年九月一三日)の翌日より、右命令によつて命ぜられた支払うべき賃金から、前示他に就職して得た賃金を控除した額を、前示四名に支払済である(別表(二)の通り)。

五 原職復帰適格を有しないことについて。

八塚照彦等四名は、前示の通り再三再四反覆して行われた重大な業務命令違反行為、職場規律違反行為を理由として懲戒解雇されたものである。この様な重大な違反行為のあつた者を職場に復帰させることは、回復出来ない職場秩序の混乱を招来することとなり、抗告人会社にとつて忍耐の限度をはるかに超越するものである。

本件緊急命令は、八塚照彦等四名の原職復帰を命じているが、同人等は抗告人会社従業員としての適格がない。

他方、抗告人会社は本件解雇により欠員を補充し、正規の運転手として稼働せしめている(臨時雇は陸運事務所において許されていない)。

同人等の氏名は、丹生谷秋義、明賀等、杉木勇、高須賀欣勇の四名で且つまた総て家族持ちである。このため、前示四名を原職に復帰せしめることとなると、右四名を解雇せざるを得ず、職場における秩序を混乱せしめること言うまでもない。

又、右丹生谷秋義外三名を解雇すること自体理由が無いところである。

更に又、八塚照彦等四名を原職に復帰せしめる場合には、前示各事情から他の従業員の給料の支払いも困難となり、抗告人会社はまさに倒産せざるを得ない事態となつている。

六 以上の通りで、抗告人には、本件において労働組合法違反の事実も無く、従つて、過料の決定を受ける理由もない。

因つて、抗告の趣旨記載の裁判を求める次第である。

(別表(一)、(二)省略)

原審決定の主文及び理由

主文

被審人を過料金五〇万円に処する。

本件手続費用は被審人の負担とする。

理由

一 被審人は、一般乗用旅客自動車運送事業を目的とする株式会社で従業員三五名余を雇傭している使用者であるが、全国自動車交通労働組合連合会愛媛地方本部申立にかゝる、愛媛労委昭和五〇年(不)第一一号不当労働行為救済申立事件について、その被申立人として、愛媛地方労働委員会が昭和五一年六月二二日付でなした命令に対し、当裁判所に昭和五一年七月二三日その取消しを求める訴(当庁昭和五一年(行ウ)第七号)を提起した。

二 しかし、愛媛地方労働委員会から被審人に前記命令の全部に従うべきことを命ずる決定を求める申立(当庁昭和五一年(行ク)第四号)があつたので、当裁判所は昭和五一年九月一三日、「被申立人(被審人)は、被申立人(被審人)を原告とし、申立人(愛媛県地方労働委員会)を被告とする当庁昭和五一年(行ウ)第七号不当労働行為救済命令取消請求事件の判決が確定するまで、申立人(愛媛県地方労働委員会)が昭和五一年六月二二日愛媛労委昭和五〇年(不)第一一号不当労働行為救済申立事件について、被申立人(被審人)に対してなした命令に従い、八塚照彦、山本正、松島勝信、高岡岸昭の四名を原職に復帰させるとともに、この命令が到達した日から一〇日以内に各解雇の日の翌日から原職に復帰させるまで、八塚照彦、山本正に対し一か月各金一三〇、〇〇〇円を、松島勝信、高岡岸昭に対し一か月各金一二五、〇〇〇円をそれぞれ支払わなければならない。」との決定をなし、右決定は、昭和五一年九月一三日被審人に送達された。

三 しかるに、被審人は右決定で命令せられている前記八塚照彦外三名の原職の復帰、同人らに対する金員の支払いをなすことなく、昭和五一年一一月一一日までにその義務を履行しなかつたものである。

四 右の事実は、本件記録のほか、当庁昭和五一年(行ウ)第七号事件記録、同昭和五一年(行ク)第四号事件記録及び被審人の陳述によつて明らかである。

五 そうすると、被審人の所為は労働組合法第三二条に該当するから、諸般の事情を考慮のうえ、同条所定の過料金額の範囲内において被審人を過料金五〇万円に処することとし、手続費用の負担につき非訟事件手続法第二〇七条第四項を適用して主文のとおり決定する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例